Manablick

オーストリアのビオワイン農家に嫁いだ元ピアノ講師、高田マナのブログ

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どうしようもない私がドイツで生活し始めてしまった話①

   

2014年の秋、私はワーホリを使ってドイツに渡った。ドイツ語はほとんど喋れなかったし、将来の事をちゃんと考えていた訳でもない。とにかく来てしまったのだ。今考えると、何て無謀だったんだろうと思う。でも思い返すと、私の今までして来た事は無謀な事だらけだった。

ともかく、2014年の秋から私のドイツ生活が始まった。

まずはベルリン

私のドイツでの生活はまず、ベルリンから始まった。何故ベルリンかというと、兄夫婦が数年前からベルリンに住んでいたのである。一人で海外に渡った場合、まずは部屋探しという難題をクリアしなければならない。けれど私は兄夫婦の家に転がり込んだ為、その受難は受けずに済んだ。まあ、後になって十分へ家捜しの大変さを知る事になるのだけれども..。

当初私は大学生になろうと思っていた

冒頭で何も考えていなかったと書いたけれど、一応目標はあった。それはドイツで大学生になる事だった。日本では音大を出て、その後ピアノ講師として働いていた。けれど働き出して数年経った頃から、もう一度音楽を、今度は海外で勉強してみたいという気持ちが出て来た。今思うと「音楽を学びたい」という気持ちと「海外に行ってみたい」という好奇心のどちらが大きかったのかは定かではない。

大学生になる、という点からするとベルリンは非常に魅力的だった

ベルリンの音大は実は学費が非常に安いのである。海外留学というのは非常に高額なイメージがあるけれど、日本の音大に行く方がドイツで音大生になるよりもお金がかかるんじゃないかと思う。

海外で勉強してみたいと思った当初、私はアメリカに行ってみたいと思っていた。以前NYに住んでいた従姉の所に遊びに行った際、なんてクールな街なんだろうと思ってNYが大好きになった。そしてこの街に住めたらどんなに良いだろうと思った。アメリカには音大または専門学校は沢山あるけれど、どれも非常に高額だった。こんなお金はとても払えないと諦めていた時に、ベルリンに住んでいる兄から”ベルリンの音大の学費はアメリカのそれとは比べ物にならないくらい安い”という情報を教えてもらった。それならベルリンに行くしか無いだろうと思い、そして実行に移した。

 - ベルリン, ワーホリ, 人生

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